Bajan × Japanese = Bajapanese :日本から約14,000㎞離れたカリブ海に浮かぶ小さな島国バルバドスから日々の出来事をお伝えします。

  Bajapaneseのナビゲーター   topページ > バルバドスの歴史  

スポンサーサイト

-- - --/-- [--] - --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ベネディクト・カンバーバッチとバルバドス

2014 - 08/27 [Wed] - 21:11

海外、日本の有名人の皆さんが体が自由に動かなくなる原因不明の難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の認知向上と募金集めのたに「アイス・バケツ・チャレンジ」をされていますね。
イギリスBBC制作のテレビドラマ『シャーロック』や映画 『スタートレック イントゥ・ダークネス(2013年)』、『それでも夜は明ける(2013年)』 等に出演しているイギリスの人気俳優、ベネディクト・カンバーバッチさんも動画をアップされています。



何度も衣装を変えて氷水をかぶっていてとても凝ったビデオになっています。
この動画を見た後の私たち夫婦の会話からいろいろ調べたことがあったので、せっかくなのでこのブログに書き残しておきます。

私 : この人の先祖ってバルバドスのプランテーションのオーナーらしいね。
彼 : ふーん。そう言えば「カンバーバッチ」って姓はバルバドスに多いね。
私 : サトウキビ農園の Cleland Plantation だって。 どの辺?
    
   ・・・・ パソコンで検索 ・・・・

私 : あれ?検索するとセント・ニコラス・アビーの写真が出てくるよ。
    なんで?



それでも夜は明ける 1

写真は映画 『それでも夜は明ける(2013年)』 から

①ベネディクト・カンバーバッチの先祖はバルバドスのプランテーションのオーナーだった。
昨年公開された映画 『それでも夜は明ける』 でカンバーバッチは奴隷を買う大農園主の役(映画はアメリカが舞台)を演じたのですが、彼の8代曾祖父にあたるジョシュア・カンバーバッチが1690年代にイギリスからバルバドスに移住し、7代曾祖父アブラハム・カンバーバッチ時代にサトウキビ農園を買い取り、奴隷制度が廃止される1838年までの約150年もの間 Cleland Plantation のオーナーだったようです。奴隷制度の廃止後カンバーバッチ家の一部はイギリスに戻ったようですが、バルバドスでは映画さながらの実に残酷なやり方で巨額な富を築き上げたと言われています。一家には奴隷に子どもを産ませていた人もいたようです。(これはカンバーバッチ家だけのことではないです。カリブの黒人とアフリカ黒人では顔立ちが違うのはこの時代からのミックスだと思われます。)

それでも夜は明ける 2
写真は映画 『それでも夜は明ける(2013年)』 から

②バルバドスに「カンバーバッチ」姓が多い理由
バルバドスの現在の人口の9割が黒人で(ミックスも含んでると思います。義母は1/2、彼は1/4 白人の血が入っていますが本人たちは黒人だと言っています。)奴隷で西アフリカから連れて来られた人の末裔にあたります。1620年代からイギリスに統治され奴隷制度が廃止される1838年までの約200年の間に約61万人の奴隷がバルバドスに連れてこられました。奴隷商人にアフリカ人を狩って売っていたのは同じアフリカ部族というとても悲しい事実があります。そのせいかあまりアフリカに対して好意的でない人が多いです。
奴隷は連れて来られると簡単なペットみたいな名前が与えられたそうです。そして奴隷として働くことになるプランテーションのオーナーの名前が姓になりました。カンバーバッチ家はとても大きなプランテーションだったようで、そこで働く奴隷も多かったためカンバーバッチ姓のバルバドス人が現在も多いのです。
ちなみに私のバルバドスでの姓はバルバドスではとても少ないです。彼曰く「とっても小さなプランテーションだったんだろうね。」と。
ベネディクト・カンバーバッチのは女優である母親から「暗い過去を自ら暴くことになるためカンバーバッチという名前を芸名として使用しないよう」とアドバイスがあったらしいですが、あえてカンバーバッチを名乗っているみたいですね。母親は賠償問題の対象になるのではないかと懸念からのアドバイスだったと思われます。
実際、西アフリカから船に乗せられた奴隷の半数は到着するまでに死ぬか、着いて3年の間に病気で死ぬかのどちらかで、出生率より死亡率の方が高かったようです。この事からもどれだけ過酷だったのか想像できます。

セント・ニコラス・アビー
写真は St. Nicholas Abbey セント・ニコラス・アビー

③カンバーバッチ家とセント・ニコラス・アビーとの関係
なぜか "Cleland Plantation" で検索するとセント・ニコラス・アビーの写真が出てきます。ここはバルバドスの観光名所です。数か月前にちょうど私も行ったばかりで写真はその時に撮ったものです。
この建物は1650年頃にプランテーションのオーナーのイングランド風の豪邸として建てたらものです。現在も現オーナーの家族が住んでいるのですが、1階部分は見学することができ当時のままの豪華な家具などを見ることができます。
こことカンバーバッチ家とどんな関係があるのか調べてみると、1811年に Cleland Plantation から近かったここをエドワード・カンバーバッチとローレンス・カンバーバッチ兄弟が購入し一家はここに住んでいたようです。エドワードとローレンスの死後1833年からはエドワードの娘サラ・ケーブが所有し2005年までケーブ家の所有でした。2006年からはカナダ人の建築家 Larry Byron Warren さん の所有になっています。
またどうしてここが St. Nicholas Abbey セント・ニコラス・アビー かというと、カンバーバッチ家はイギリスのSt Nicholas parish in Bristol の出身で、エドワードの娘サラ・カンバーバッチが1818年にチャールズ・ケーブと結婚した場所が Bristol の近くの Bath Abbey だったことから1820年から St Nicholas Abbey セント・ニコラス・アビー と呼ばれているようです。


ベネディクト・カンバーバッチさんのアイス・バケツ・チャレンジの動画から彼の先祖とバルバドスの奴隷の歴史の話にまで飛んでしまいました。私があまりにも熱心に調べたり彼に聞いたりするので彼がこの本を私にくれたのですが...

本

英語で書いてあります。(当たり前ですが)
ものすごく興味があって読みたいのですが本を開いただけで頭がクラクラしてきます。このカリブのこと、バルバドス、バルバドス人をもっと知るためにも読みたいのですが... 誰か日本語に翻訳してくれないかな


今回ここに書いたことは私が調べたり聞いたりした事なので、間違えてる所もあるかもしれません。が、奴隷制度があったこと、プランテーションがあったこと等は紛れもない事実です。私もまだバルバドスの歴史については勉強中です。新たに知った事でここに書き残したい事などがあればまたアップしたいと思います。またカリブの歴史に詳しい方で私の書いた文に間違いや補足するべき箇所があればコメント欄に書いて頂けるかメールを頂けると嬉しいです。よろしくお願いします

スポンサーサイト

 | ホーム | 

PROFILE

yumi

Author : yumi
Japanese living in Barbados.
Welcome to my blog!!

yumiです。
縁があって2011年12月末からBajanの彼(現在は夫)の国バルバドスで暮らす事になりました。
2017年4月に家族が増えました。Bajapaneseの女の子です。

■■■■バルバドス ■■■■
●島の大きさ:南北34㎞,東西22㎞,431㎞2(種子島とほぼ同じ)
●人口:28.9万人(2014年現在)
●首都:Bridgetown
●通貨:バルバドス・ドル(Bds$),US$1=Bds$2(固定相場)
●民族:アフリカ系(約9割)、ヨーロッパ系、混血、インド系、その他
●言語:英語
●宗教:キリスト教(英国国教会、プロテスタント、カトリック)、その他
●元首:女王エリザベス2世
●首相:フローンデル・スチュワート
●気候:年間平均気温26℃
●時差:日本と-13時間

CALENDAR

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

RECENT ENTRY

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

ARCHIVES

CATEGORIES

MAIL

Name:
Mail address:
Title:
Text:

BARBADOS TIME

Facebook

SARCH

LINK

RSS

QR

QR

COUNTER

FLAG COUNTER

free counters

ブロとも申請フォーム